野生動物の研究・保全をめぐる障壁と遠隔観察システムへの期待
- 立澤 史郎 - 京都大学大学院理学研究科動物生態学研究室/大学非常勤
技術面での期待
野生動物研究の多様化近年の野生動物研究では,単独種に関する個体群生態学研究に加えて,地域の種多様性保全の観点から複数種を扱ったり,植生や他の生物群集とのかかわりや,さらには地域社会の資源としての評価など,様々な視点からの研究展開が求められています.
しかも,地球環境問題としての生物多様性保全の必要性の認識が高まるにつれ,国際的な調査・研究体制が組まれる機会も増えています.熱帯林や温帯林での研究の難しさ
一方,特に温帯照葉樹林や熱帯雨林における野生動物の生態研究では,
1)その場所へのアクセスの(物理的,政治的)難しさ
2)目撃や捕獲頻度が低いための(投資に対する)データ効率の低さという2つの困難が大きな障壁となっており,それゆえ生息情報などの基礎データの蓄積や調査法の開発が進展しない,という悪循環に陥ることが多々あります.また,
3)殺傷や捕獲・機器装着,さらには研究者の滞在そのものによる行動阻害
に対しても,資源確保や動物愛護などの理由から,今後規制が高まることが予想されます.
このような理由から,情報(データ・サンプル)入手方法の抜本的な改革が求められていました.遠隔観察システムへの期待
この点,遠隔操作による動画利用は,上記の問題,すなわちaccessibility, efficiency,unconsumptivenessの3点を改善し,野生動物の調査・研究を進展させることが最も期待されている技術です.
また,特にインターネットを利用したシステムでは, セッティングさえしてしまえば,他の既存のシステムに較べてあとのメンテナンス費用やランニングコストが安価に抑えられる可能性もあります.
これまでの研究プロジェクトでは,上記のような技術的問題によって,十分な成果が得られなかったり,途中で挫折するものも少なくありませんでしたが,経済的で安定した遠隔観察システムが実現すれば,データが収集できずにプロジェクトが破綻する可能性の高い立ち上げ段階が強力にサポートされることになります.
これは,社会的にもビジネスとしても,非常に有効な技術だと言えるでしょう.
ソフト面での期待
新規調査法の創出また上記のような技術的問題の解決だけでなく,このシステムは新たな調査法など多様な利用法を生み出すでしょう.
これまでの技術では,得られる情報の質や量に大きな制約があったため,結局その利用方法も制約を受けるという問題がありました.
例えばインターネット検索で「ロボットカメラ」に関する情報があまり引っ掛からないのも,まさに写真情報を回収・データ化・解析の技術や理論化が不十分で,アセスメント関連の調査以外での専門的活用がなされていないためだと思われます.またこのシステムの大きな特徴である「同時性simultaneity」と「双方向性interactivity」は,データ収集以外に,(個体数や個体の出没状況の)モニタリングと同時的な(双方向通信による)対策,例えば被害防除や密猟防止も可能にすることでしょう.
このように,研究と応用の両面にわたって,このシステムは,様々なアイデアを触発し,数理モデルなども含む研究法そのものを発展させてゆくことが期待されます.また,さらに2つの点で,本システムに期待したいことがあります.
情報の再現性と公開性がもたらすもの
それは再現性と公開性です.
最近の記録メディアやCPUの急激や発展は,本システムで得られた情報のインデックス付けや高密度なパック化,即ち付加価値を伴う加工を既に可能にしています.
これは,情報の「たれ流し」を防ぎ,利用のチャンスや利便性を高めることになります.
もちろん,動画や音声情報だけでなく,環境情報など様々な情報を含むデータセットとして商品化したり,様々な利用目的に合わせたインターフェイス(アプリケーション)を開発することは,大きなビジネスチャンスにもなるでしょう.
捕獲や個体識別・自動計測装置などによる個体情報(例えば体重・社会的地位・DNA解析による親子情報・カウンターによる通過回数など)をデジタルで「写し込んだ」情報は,研究側にとっては非常に利用価値の高いものです.もう一つ,インターネットを用いることによる映像や情報の公開性の高さは,特に公共的な事業や研究に対して今後強く求められる点でしょう.
これは,現地のモニタリングという点でも,また事業に対する信頼度を増すという点でも有効ですが,なにより同時に複数個所からアクセスできるという特性は,リアルタイム情報のインパクトの高さと相まって,環境教育において非常に利用価値の高い情報源となるでしょう.
環境の異なる複数地点の比較や,長期間の情報蓄積による時間的変化の追跡は,研究成果を重ね合わせることで,オリジナリティーの高い教材やプログラムとして加工することも可能です.
保全分野での期待
メリットいわゆる「保全」や「環境」分野は,現在のところ珍しく国家間で摩擦が少なく輸出入できる情報・技術分野ですが,社会の需要が今後更に高まると共に,データセットやプロジェクトそのものが「国家戦略」ともなり,またそれらを「買う」ことも普通になってきています.
その際,特に今後の野生生物保全事業の展開に際しては,非破壊的(非消費性)かつ非独占的(公開性)であることが強く求められます.
そしてもちろん,最終的には経済性(データ効率)が評価対象となるでしょう.
データ単価を含め,これらの点をクリアできる可能性の高い本システムは,とりわけ情報量の少ない野生(大型)哺乳類において,研究と保全施策のいずれにおいても高い利用価値を潜在的に有すると思われます.アジアの野生動物生態分野への危惧と
本プロジェクトへの期待これまで多少とも野生生物保全および環境教育に関わってきた者として,特に日本とアジアの野生動物とその生態学に関して,基礎的な情報と関心の乏しさが気になっていました.
また種々の国際会議ではCAMPFIRE(ジンバブウェ)やオルトメプロジェクト(ケニア)など,欧米やアフリカの保全プログラムの議論が盛んなのに較べ,アジアでの実践が遅れていることも残念に思っていました.このようにアジアの野生生物と生息地,およびそこで共存してきた地域社会に関する,有効な保全-環境教育プログラムの非常に遅れている原因の一つとして,まさに上記のaccessibilityとefficiencyの問題が存在します.
本システムがこの技術的側面と,さらにソフト面の開発を進められ,総合的な保全および環境教育プログラムのモデルを展開されることをおおいに期待しています.
立澤 史郎
京都大学大学院理学研究科動物生態学研究室/大学非常勤
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